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2025年09月18日

ギターの弦に隠された歴史の謎~羊の腸から現代まで~ライブ喫茶ELANで語る音楽の奥深さ

こんにちは、名古屋のライブ喫茶ELANです。今日は当店でよく聞かれる質問の一つ、「ギターの弦って昔、羊の腸から作られていたって本当ですか?」について、音楽愛好家の皆さんと一緒に探っていきたいと思います。

当店では毎日多くのギタリストの方々がいらっしゃり、楽器談義に花を咲かせています。そんな中でよく出てくるのが、弦の話。実際に古い楽器を持参される常連さんもいらして、その度に興味深いエピソードが飛び出します。コーヒーの香りと共に語られる音楽史は、いつも新しい発見に満ちています。

答えから申し上げますと、これは事実です。ただし、現在一般的に使われているスチール弦やナイロン弦とは全く異なる、ガット弦(gut strings)と呼ばれるものでした。この歴史を知ることで、音楽の奥深さがより一層感じられるはずです。

ガット弦の起源と歴史~古代から続く音楽の伝統~

ガット弦の歴史は想像以上に古く、紀元前にまで遡ります。当店に展示している古い楽器の資料によると、古代エジプトやメソポタミア文明の時代から、動物の腸を使った弦楽器が存在していました。考古学的な発見では、古代エジプトの壁画にハープやリュートのような楽器が描かれており、それらの弦は動物の腸から作られていたことが分かっています。

「ガット」という言葉は「gut(腸)」から来ており、主に羊の小腸が使用されていました。なぜ羊だったのでしょうか。これにはいくつかの理由があります。まず、羊の腸は他の動物に比べて繊維が細く均一で、弦として理想的な特性を持っていたのです。牛の腸は太すぎて低音弦にしか使えず、豚の腸は耐久性に問題がありました。羊の腸こそが、最適なバランスを持った素材だったのです。

当店の常連で楽器修理職人をされている田中さんによると、「ガット弦は単に腸をそのまま使うわけではありません。まず腸をきれいに洗浄し、外側と内側の膜を丁寧に取り除きます。その後、塩水に漬けて防腐処理を施し、何本もの繊維を撚り合わせて一本の弦を作るんです」とのこと。この作業には熟練の技術と長い時間が必要でした。

この製造工程は非常に手間がかかり、熟練した職人の技術が必要でした。中世ヨーロッパでは、弦職人(ストリングメーカー)という専門職業が確立されるほどでした。彼らは各地のギルド(職人組合)に属し、秘伝の技術を代々受け継いでいたのです。特に16世紀から18世紀にかけては、弦職人の地位は非常に高く、宮廷音楽家と同等の待遇を受けることもありました。

興味深いことに、ガット弦の品質は地域によって大きく異なりました。イタリアのナポリ地方で作られるガット弦は特に評価が高く、「ナポリターナ」と呼ばれて珍重されていました。これは、地中海性気候と良質な牧草で育った羊の腸が、最適な弦の材料となったためです。当時のヨーロッパ各地の音楽家たちは、わざわざナポリまで弦を買いに行くほどでした。

ガット弦の音響特性と演奏への影響

当店でときどき開催するアコースティックライブでは、実際にガット弦を使ったクラシックギターの演奏を聴くことができます。その音色は現代の弦とは明らかに異なる、独特の温かみと深みを持っています。初めて聞いたお客様からは、「こんなに柔らかく、それでいて芯のある音がするんですね」という感想をよくいただきます。

ガット弦の最大の特徴は、その豊かな倍音構造にあります。現代のナイロン弦やスチール弦と比べて、より多くの倍音成分を含んでいるため、音に厚みと複雑さが生まれます。音響学的に説明すると、ガット弦は材質の特性上、弦の振動が複雑な波形を描くため、基音に加えて様々な周波数の倍音が同時に鳴るのです。これが、ガット弦特有の「歌うような」音色を生み出す秘密でした。

科学的な測定によると、ガット弦は特に中域から高域の倍音が豊富で、これが人間の声に近い音色を作り出します。バロック時代の作曲家たちがしばしば楽器に「歌わせる」ような表現を求めたのは、この特性を活かそうとしていたからかもしれません。

しかし、ガット弦には課題もありました。最も大きな問題は湿度への敏感さです。当店のギタリスト常連の佐藤さんは、「昔のクラシックギタリストは演奏前に必ず湿度をチェックしていたんです。湿度が高いと弦が伸びてピッチが下がり、乾燥すると縮んで切れやすくなる。まさに生きている弦でした」と語ってくれました。実際、18世紀の演奏家の日記には、天候による調律の苦労が頻繁に記されています。

また、ガット弦は現代の弦に比べて音量が小さいという特性もありました。これは当時の音楽様式にも大きな影響を与えました。バロック時代の音楽が室内楽中心で、繊細な表現を重視したのは、楽器の音量的制約も一因だったのです。大きなコンサートホールでの演奏が困難だったため、音楽は主に宮廷や貴族の館といった比較的小さな空間で演奏されていました。

演奏技術の面でも、ガット弦は特別な配慮が必要でした。現代の弦よりも弾力性があり、押弦時の感触が全く異なります。そのため、当時の演奏家は現代とは異なる指使いや奏法を発達させていました。これらの技法は「歴史的奏法」として現在でも研究され、専門の演奏家によって受け継がれています。

現代におけるガット弦の復活と職人技

20世紀に入ると、ガット弦は次第に合成素材の弦に取って代わられていきました。1935年にナイロン弦が発明されると、クラシックギター界に革命が起こりました。ナイロン弦は湿度に強く、音量も大きく、何より安価で安定した品質を保てたからです。しかし、近年の古楽復興ブームにより、ガット弦への関心が再び高まっています。

当店でも、ピリオド楽器(歴史的楽器の復元品)でのコンサートを定期的に開催しており、その際はガット弦の楽器も登場します。先月開催したバロック音楽の夕べでは、ガット弦のヴィオラ・ダ・ガンバの演奏があり、多くのお客様がその独特の音色に魅了されていました。「現代の楽器では表現できない、時代の空気感がある」というのが、参加者の共通した感想でした。

現在ガット弦を製造している職人は世界でも数える程しかいません。その中でも特に有名なのが、ドイツのミュンヘンにある老舗弦メーカーです。ここでは300年以上前から変わらない製法でガット弦を作り続けています。創業者の家系が代々技術を受け継ぎ、現在は7代目の職人が伝統を守っています。

製造工程は今でも基本的に手作業です。まず、食肉処理場から新鮮な羊の小腸を仕入れます。これを丁寧に洗浄し、不純物を取り除いた後、専用の機械で繊維を揃えます。その後、数日間かけて乾燥させ、最終的に撚り合わせて弦に仕上げます。一本の弦を作るのに、約一週間の時間がかかります。

興味深いのは、現代の職人たちが科学的知識を活用して、昔以上に高品質なガット弦を作り出していることです。pH値の管理、温度・湿度の制御、そして品質検査に最新の技術を導入することで、安定した品質の弦を供給できるようになりました。顕微鏡による繊維の検査や、張力テストによる強度確認など、伝統技術と現代科学の融合が新しいガット弦を生み出しています。

当店に時々いらっしゃる楽器商の山田さんによると、「現代のガット弦は昔のものより耐久性が向上しています。適切に保管すれば、アマチュアレベルでも数ヶ月は使用可能です」とのことです。価格は決して安くありませんが、その音色を求める演奏家や音楽愛好家は確実に存在しており、需要は徐々に拡大しているそうです。

ライブ喫茶ELANでの音楽体験と弦の世界

当店では、こうした楽器の歴史や技術についても、お客様と語り合える環境を大切にしています。コーヒーの香りと共に語られる音楽史は、いつも新しい発見に満ちています。先日も、音大生のお客様とガット弦について3時間近く語り合い、最終的には即席の勉強会のような雰囲気になりました。こうした自然な学びの場が生まれるのも、ライブ喫茶ならではの魅力だと思います。

実際に、ガット弦について知ることで、クラシック音楽の聴き方も変わってくるものです。バッハの無伴奏チェロ組曲を聴くとき、「この音楽は羊の腸でできた弦で演奏されていたんだな」と思いを馳せると、また違った感動を味わえるのではないでしょうか。音楽が単なる音の組み合わせではなく、人間の営みや技術の結晶であることを実感できます。

当店のレコードコレクションには、ガット弦時代の演奏を記録した貴重な音源も多数含まれています。特に1950年代以前の録音には、まだガット弦を使用している演奏家の記録が残っています。これらを現代のナイロン弦やスチール弦での演奏と聴き比べることで、弦の材質が音楽表現に与える影響を実感していただけます。同じ楽曲でも、使用する弦によってこれほど印象が変わるのかと驚かれるお客様も少なくありません。

また、定期的に開催している楽器講座では、実際にガット弦に触れる機会も提供しています。その独特の感触や音色を体験することで、音楽に対する理解がより深まることでしょう。参加者の中には、実際にガット弦を購入して自分の楽器に張り替える方もいらっしゃいます。

当店では、ガット弦を使った楽器のメンテナンス方法についてもアドバイスしています。湿度管理の重要性や、調律の頻度、保管方法など、実践的な情報も提供しております。これらの知識は、ガット弦を使わない現代の楽器の管理にも応用できるため、多くの音楽愛好家に喜ばれています。

音楽とコーヒー、そして歴史への探求心。これらが融合するライブ喫茶ELANで、皆様をお待ちしています。ガット弦の話題をきっかけに、新しい音楽の扉を開いてみませんか。きっと、今まで知らなかった音楽の世界が広がることでしょう。

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Cafe & Music ELAN 

やわらかな音と、香り高い一杯を。

名古屋市熱田区外土居町9-37
光大井ハイツ1F 高蔵西館102
052-684-1711
 営業時間|10:00〜23:00
定休日|月曜・第1&第3火曜日
アクセス|金山総合駅より大津通り南へ徒歩15分
市営バス(栄21)泉楽通四丁目行き「高蔵」下車すぐ
地下鉄名城線「西高蔵」駅より東へ徒歩7分
JR熱田駅より北へ徒歩9分

ゆったりと流れる時間のなかで、
ハンドドリップのコーヒーとグランドピアノの音色がそっと寄り添います

あなたの今日が、少しやさしくなるように。
Live Café ELAN でお待ちしております