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2025年10月23日
ピアノは”打楽器”?——意外な楽器分類の真実
はじめに
当店ELANでは、グランドピアノでのライブ演奏を定期的に開催しています。演奏を聴きながらコーヒーを楽しむひとときは、多くのお客様に愛されている時間です。
そんなピアノですが、実は「打楽器なのか、それとも弦楽器なのか」という議論が音楽界では長年続いているのをご存じでしょうか。多くの方は「ピアノは鍵盤楽器だから…」と考えるかもしれませんが、その分類は意外と複雑なのです。
今回は、当店で長年音楽と向き合ってきた経験から、この興味深いテーマについて掘り下げてみたいと思います。音楽をより深く楽しむための知識として、ぜひお付き合いください。
ピアノの構造から見る楽器分類
ピアノという楽器を理解するには、まずその構造を知ることが大切です。当店のグランドピアノを例にとってお話ししましょう。
ピアノの内部には、約230本もの弦が張られています。鍵盤を押すと、その力がアクションと呼ばれる複雑な機構を通じて伝わり、最終的にハンマーが弦を叩きます。この「叩く」という動作こそが、ピアノを打楽器と捉える理由の一つなのです。
実際、お客様の中にも「ピアノの中を初めて見たときは驚いた」とおっしゃる方が多くいらっしゃいます。美しい音色の裏には、まるで精密機械のような仕組みが隠されているのです。
弦を叩いて音を出すという点では、確かに太鼓やシンバルと同じ原理です。しかし、弦が張られているという点では、ヴァイオリンやチェロといった弦楽器の仲間とも言えます。この二面性が、ピアノの分類を複雑にしている大きな要因なのです。
当店でピアノのメンテナンスをお願いしている調律師の方によれば、一台のピアノには約8000個もの部品が使われているそうです。それらが絶妙なバランスで組み合わされることで、あの豊かな音色が生まれるのです。
音楽理論における正式な分類
では、音楽の世界ではピアノはどのように分類されているのでしょうか。
正式には、ピアノは「鍵盤楽器」というカテゴリーに属します。しかし、より詳細な楽器分類学では「弦鳴楽器」とも分類されます。弦鳴楽器とは、弦の振動によって音を出す楽器の総称です。
さらに専門的な分類方法として、ザックス=ホルンボステル分類というものがあります。これは20世紀初頭に確立された楽器分類法で、音の発生原理に基づいて楽器を体系的に分類したものです。この分類法では、ピアノは「弦鳴楽器の中の打弦楽器」に分類されます。
つまり、弦を使いながらも、その弦を叩いて音を出すという特徴から、このような独特の位置づけになっているのです。
当店のライブでピアニストの方々とお話しする機会がありますが、演奏家の立場から見ると「ピアノは鍵盤楽器であり、弦楽器であり、打楽器でもある」という捉え方をされる方が多いようです。演奏する側にとっては、打鍵の強さやタッチによって音色を変化させるという点で、確かに打楽器的な側面が強く意識されるのだそうです。
オーケストラでの扱いから見えること
オーケストラにおけるピアノの扱いを見ると、この楽器の特殊性がよく分かります。
通常、オーケストラは弦楽器、木管楽器、金管楽器、打楽器という4つのセクションに分かれています。しかし、ピアノはこのどのセクションにも完全には属していません。
当店で過去にオーケストラのメンバーだったというお客様から伺ったお話では、ピアノが登場する曲では、ピアニストは独立した存在として扱われることが多いそうです。協奏曲ではソリストとして、室内楽では重要なパートナーとして、その立場は常に特別なものなのです。
興味深いのは、20世紀の作曲家たちがピアノの打楽器的な側面を積極的に活用し始めたことです。たとえば、ストラヴィンスキーやバルトークといった作曲家は、ピアノを明確に打楽器として扱った作品を残しています。
当店のライブでも、現代曲を演奏されるピアニストの方が、弦を直接手で弾いたり、鍵盤を手のひらで叩いたりする奏法を披露してくださることがあります。そうした演奏を目の当たりにすると、ピアノという楽器の可能性の広さに驚かされます。
ピアノの歴史と楽器分類の変遷
ピアノの歴史を紐解くと、この楽器の分類問題がさらに興味深く感じられます。
ピアノの正式名称は「ピアノフォルテ」といい、イタリア語で「弱く、強く」という意味です。この名前は、音量を自在にコントロールできることに由来しています。それまでの鍵盤楽器、たとえばチェンバロでは、鍵盤を押す強さで音量を変えることができませんでした。
ピアノが発明されたのは18世紀初頭のイタリアです。バルトロメオ・クリストフォリという楽器製作者が、ハンマーで弦を叩くという画期的な機構を考案しました。これにより、演奏者のタッチによって音の強弱を自在に表現できる楽器が誕生したのです。
当店に収蔵しているクラシック音楽のレコードを聴いていると、時代によってピアノの音色が大きく異なることに気づきます。19世紀のロマン派の時代には、より豊かな響きを求めて楽器が改良され続け、現在のような形になりました。
楽器が進化するにつれて、その分類や捉え方も変化してきました。当初は「改良されたチェンバロ」として認識されていたピアノが、やがて独自の楽器として確立し、多様な音楽表現を可能にしていったのです。
実際の音の出し方と打楽器との共通点
ここで、ピアノが打楽器と呼ばれる理由について、もう少し具体的に見ていきましょう。
打楽器の定義は「叩いて音を出す楽器」です。この観点から見ると、ピアノは間違いなく打楽器の特徴を持っています。鍵盤を押すと、内部のハンマーが弦を叩き、その衝撃で弦が振動して音が生まれます。
当店のグランドピアノでライブを行う際、演奏前に蓋を開けてお客様に内部をご覧いただくことがあります。多くの方が驚かれるのは、想像以上に力強くハンマーが弦を打っている様子です。繊細な音楽を奏でる裏側で、実は非常にダイナミックな物理現象が起きているのです。
また、ピアノには「減衰音」という特徴があります。これは、音を出した瞬間が最も大きく、その後徐々に小さくなっていく性質のことです。この特徴は、太鼓やシンバルなどの打楽器と全く同じです。
対照的に、ヴァイオリンのような弦楽器では、弓で弦をこすり続けることで音を持続させることができます。ピアノにはこれができません。ペダルを使って響きを延ばすことはできますが、音そのものは必ず減衰していきます。
演奏経験のあるお客様からは「ピアノを弾くときの指の使い方は、確かに叩くという動作に近い」というお話を伺ったことがあります。特に力強い表現を求められる楽曲では、まさに鍵盤を打つような演奏が必要になるそうです。
ピアニストの視点から見た楽器の性質
実際にピアノを演奏される方々は、この楽器をどのように捉えているのでしょうか。
当店で定期的に演奏していただいているピアニストの方々にお話を伺うと、興味深い意見が聞けます。多くの演奏家が「ピアノは打楽器的な側面と歌う楽器としての側面、両方を持っている」とおっしゃいます。
ジャズピアニストの方は特に、ピアノのパーカッシブな(打楽器的な)性質を活かした演奏を重視されます。リズムセクションとしてのピアノは、まさにドラムやベースと同じように、音楽の土台を作る役割を担います。
一方、クラシック音楽を専門とされるピアニストは、いかに「歌わせるか」を追求されます。減衰していく音をいかに美しく響かせ、旋律を滑らかにつなげていくか。そこには高度なテクニックと表現力が求められます。
ある演奏家の方が印象的なことをおっしゃっていました。「ピアノという楽器は、打楽器でもあり弦楽器でもあるからこそ、これほど多様な音楽を表現できる。一つのカテゴリーに収まらないことこそが、ピアノの最大の魅力なのです」と。
当店のライブでは、同じグランドピアノを使っても、演奏者によって全く異なる音色が引き出されます。それは、楽器の性質を理解し、その可能性を最大限に活かそうとする演奏家の技術と感性の賜物なのです。
現代音楽における新しいピアノの使い方
20世紀以降の現代音楽では、ピアノの打楽器としての側面がより強調されるようになりました。
作曲家たちは、ピアノという楽器の新しい可能性を追求し始めました。内部奏法と呼ばれる技法では、ピアニストが立ち上がってピアノの内部に直接触れ、弦を弾いたり、叩いたり、さらには異物を弦に挟んだりすることもあります。
こうした実験的な演奏法は「プリペアド・ピアノ」とも呼ばれ、アメリカの作曲家ジョン・ケージが有名です。ボルトやゴム、紙片などを弦の間に挟むことで、まるで別の楽器のような音色を作り出すのです。
当店でも過去に、現代音楽の演奏会を開催したことがあります。ピアニストが弦を直接手で弾いたり、鍵盤の上にものを置いて同時に複数の音を鳴らしたりする様子を、お客様は興味深そうにご覧になっていました。
ジャズの世界でも、セロニアス・モンクのような演奏家は、ピアノを非常にパーカッシブに扱うことで知られています。鍵盤を叩きつけるような力強い演奏は、リズムそのものを生み出す打楽器としてのピアノの姿を見せてくれます。
現代では、電子ピアノやシンセサイザーの登場により、ピアノの概念自体も広がっています。しかし、アコースティック・ピアノの持つ豊かな倍音と、打鍵による微妙なニュアンスの変化は、やはり生楽器ならではの魅力です。
ELANで感じるピアノという楽器の深さ
当店ELANでは、開店以来、多くのピアニストの方々にライブ演奏をしていただいてきました。
クラシック、ジャズ、ポピュラーミュージック、そして時には実験的な現代音楽まで、様々なジャンルの演奏を通じて、ピアノという楽器の奥深さを日々実感しています。
お客様の中には、演奏を聴きながら「同じピアノなのに、こんなに音が違うんですね」と驚かれる方も多くいらっしゃいます。それは、演奏者がピアノの多様な側面——打楽器的な面、弦楽器的な面、そして独自の鍵盤楽器としての面——を、どのように引き出すかによって変わるからなのです。
店内に並ぶレコードには、様々な時代、様々なスタイルのピアノ演奏が収められています。バッハの時代のチェンバロから、ショパンやリストのロマンティックなピアノ曲、モダンジャズのピアノトリオ、そして現代のピアノ音楽まで。それらを聴き比べることで、ピアノという楽器がどれほど多様な表現を可能にしてきたかが分かります。
音楽とコーヒーを楽しみながら、こうした楽器の不思議について思いを馳せる時間は、当店ならではの贅沢な過ごし方かもしれません。ピアノの音色に耳を傾けるとき、その内部で起きている精密な機械の動き、弦の振動、そして空気の震えを想像してみてください。
音楽の楽しみ方は人それぞれですが、楽器そのものについて知ることで、聴く楽しみがより深まることは間違いありません。
まとめ——楽器分類を超えたピアノの魅力
ピアノは打楽器なのか、弦楽器なのか、それとも単なる鍵盤楽器なのか。この問いには、実は明確な答えはありません。
音楽の分類学上は「弦鳴楽器」であり「打弦楽器」です。しかし、演奏される音楽や奏法によっては、打楽器としても、歌う弦楽器としても機能します。この多面性こそが、ピアノが300年以上にわたって音楽の中心的な楽器であり続けている理由なのです。
当店ELANでは、これからも様々なスタイルのピアノ演奏をお届けしていきます。演奏を聴きながら、ぜひ「今のピアノは打楽器のように聞こえるな」「この旋律は弦楽器のように歌っているな」と感じてみてください。そうした新しい聴き方が、音楽の楽しみをさらに広げてくれるはずです。
往年の名曲が詰まったレコード、香り高いコーヒー、そして生のピアノ演奏。広く落ち着いた雰囲気の店内で、音楽をより深く味わう時間をお過ごしください。楽器の分類という学術的なテーマも、こうして音楽を聴きながら考えると、不思議と身近で興味深いものに感じられるのではないでしょうか。
皆様のご来店を、スタッフ一同心よりお待ちしております。
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Cafe & Music ELAN
やわらかな音と、香り高い一杯を。
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営業時間|10:00〜23:00
定休日|月曜・第1&第3火曜日
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ゆったりと流れる時間のなかで、
ハンドドリップのコーヒーとグランドピアノの音色がそっと寄り添います
あなたの今日が、少しやさしくなるように。
Live Café ELAN でお待ちしております
