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2025年06月25日
音階の世界観:日本の五音階と西洋音楽の違い
はじめに
私たちが普段耳にする音楽の根底には、「音階」という音の組み合わせの法則が存在しています。多くの人が当たり前のように感じている「ドレミファソラシド」の七音階ですが、実は世界共通のものではありません。音楽の歴史を紐解いてみると、各地域や民族によって独自の音階システムが発達してきたことがわかります。
今回は、日本の伝統音楽に深く根ざした「五音階」にスポットを当て、西洋の七音階との違いや、それが生み出す独特の「懐かしさ」について考察していきたいと思います。名古屋のライブ喫茶ELANでも、時折この五音階の響きを含んだ楽曲が演奏されることがあり、その度に会場に独特の空気感が生まれることを実感しています。
音階とは何か
音階とは、音楽において使用される音の高低の体系的な配列のことです。一般的に我々が慣れ親しんでいるのは、西洋音楽の「長音階」や「短音階」ですが、これらは比較的近世になってから確立されたものです。
西洋の長音階は「ドレミファソラシド」の七つの音で構成され、各音の間隔(音程)が決められています。この音階システムは、バロック時代から古典派、ロマン派を経て現代のポピュラー音楽まで、西洋音楽の基盤となっています。
しかし、世界に目を向けると、音階のシステムは実に多様です。インドの古典音楽には微分音を含む複雑な音階が存在し、アラビア音楽には独特のマカームという旋法があります。そして日本にも、西洋音楽とは異なる独自の音階システムが古くから存在しています。
日本の五音階の歴史と特徴
日本の伝統音楽の多くは「五音階」を基調としています。これは、七音階から二つの音を抜いた五つの音で構成される音階です。最も代表的なものが「ヨナ抜き音階」と呼ばれるもので、西洋音階でいうところの「ファ」と「シ」を除いた「ドレミソラ」の五音で構成されます。
この五音階は、古代中国から伝来したとされていますが、日本で独自の発展を遂げました。雅楽における「呂旋法」「律旋法」、民謡における「都節音階」「田舎節音階」など、用途や地域によって様々なバリエーションが生まれました。
五音階の最大の特徴は、半音程がないことです。西洋音階では「ミファ」や「シド」の間に半音程がありますが、五音階では全て全音または長三度の関係となります。この構造が、日本の伝統音楽特有の「浮遊感」や「安定感」を生み出しています。
わらべうたに見る五音階の世界
日本の「わらべうた」は、五音階の美しさを最もわかりやすく体験できる音楽の一つです。「さくらさくら」「荒城の月」「夕焼け小焼け」など、多くの人が知っている楽曲が五音階で作られています。
わらべうたの多くは、子どもたちが自然に歌えるように作られているため、複雑な音程関係を避け、歌いやすい五音階が採用されました。しかし、この単純さの中にこそ、日本人の音感覚の原点が隠されています。
例えば「さくらさくら」を分析してみると、主に「ラシドミファ」の五音で構成されており、西洋音階の「レ」と「ソ」が使われていません。この音階構造が、春の桜を歌った歌詞と相まって、独特の情緒を醸し出しています。
わらべうたのもう一つの特徴は、その旋律の動きにあります。大きな跳躍よりも段階的な動きが多く、円を描くような旋律線が特徴的です。これは五音階の構造と密接に関係しており、聴く者に安らぎと懐かしさを与える要因となっています。
雅楽における五音階の洗練
雅楽は、日本の宮廷音楽として1000年以上の歴史を持つ、世界最古のオーケストラ音楽の一つです。この雅楽においても、五音階が基調となっています。
雅楽の音階システムは非常に洗練されており、「呂」と「律」という二つの基本的な五音階を持ちます。呂は明るく華やかな響きを、律は重厚で神秘的な響きを特徴とします。これらの音階は、季節や行事、演奏する楽曲の性格によって使い分けられます。
特筆すべきは、雅楽における楽器編成と音階の関係です。笙、篳篥、龍笛という管楽器群と、太鼓、鞨鼓、鉦鼓という打楽器群が織りなすハーモニーは、五音階の特性を最大限に活かしたものとなっています。笙の和音は五音階の構成音を同時に鳴らすことで、西洋音楽とは全く異なる響きの世界を作り出しています。
雅楽の演奏を聴いていると、時間の流れが異なる次元に移るような感覚を覚えます。これは五音階が持つ「浮遊感」と、楽器の音色、演奏法が一体となって生み出される独特の音響空間によるものです。
西洋音楽との比較分析
西洋の七音階と日本の五音階を比較すると、音楽に対するアプローチの根本的な違いが見えてきます。
西洋音楽の七音階は、「導音」の存在が大きな特徴です。導音とは、主音(ドの音)に向かって半音下から上行する音(シの音)のことで、この音が主音への強い引力を生み出します。この導音の働きによって、西洋音楽には明確な「解決感」や「推進力」が生まれます。
一方、五音階には導音が存在しません。そのため、どの音も比較的安定しており、特定の音への強い引力がありません。この特性が、日本の音楽に特有の「浮遊感」や「円環的な時間感覚」を生み出しています。
和声の面でも大きな違いがあります。西洋音楽では三度堆積による和音(三和音、七和音など)が基本となりますが、五音階を基調とした日本の音楽では、四度や五度の響きが重視されます。これが、日本の音楽に独特の「透明感」や「空間的な広がり」をもたらしています。
リズムの面でも興味深い違いがあります。西洋音楽が拍子の強弱による推進力を重視するのに対し、日本の伝統音楽では「間」の概念が重要です。音と音の間の沈黙や、息づかいが音楽の重要な要素となっており、これも五音階の特性と深く関連しています。
現代音楽への影響
五音階の影響は、現代のポピュラー音楽にも及んでいます。多くの日本のポップスやロック楽曲には、意識的または無意識的に五音階的な要素が取り入れられています。
例えば、中島みゆきの楽曲の多くには五音階的な旋律が見られ、それが彼女の音楽の独特の情緒を生み出しています。また、久石譲のジブリ映画音楽にも、五音階の要素が巧みに織り込まれており、日本人の心に直接響く音楽となっています。
ジャズの分野でも、日本のミュージシャンたちは五音階を積極的に取り入れています。渡辺貞夫のサクソフォン演奏や、上原ひろみのピアノ演奏には、西洋のジャズ語法と日本の五音階が見事に融合した表現が見られます。
ロック音楽においても、X JAPANのYOSHIKIが作曲したバラード楽曲には五音階的な要素が多く含まれており、それが日本のロックバンドとしての独自性を生み出している要因の一つとなっています。
五音階が生み出す「懐かしさ」の正体
多くの日本人が五音階の音楽に「懐かしさ」を感じるのは、単なる文化的な刷り込みだけではありません。より深いレベルでの音響的、心理的な要因が存在しています。
まず、五音階の音程関係は、人間の声帯が自然に発する音程に近いとされています。わらべうたが子どもでも歌いやすいのは、この自然な音程関係によるものです。つまり、五音階は人間の身体的な特性に適合した音階システムなのです。
また、五音階には前述の通り半音程がないため、音と音の間の緊張関係が少なくなります。これが心理的な安定感をもたらし、聴く者に安らぎを与えます。現代社会のストレスフルな環境において、この安定感は特に重要な意味を持ちます。
さらに、五音階の「不完全性」も重要な要素です。七音階に比べて「欠けている」音があることで、聴く者の想像力が刺激されます。この「間」や「余白」の美学は、日本の美意識全般に通じるものがあり、それが深い共感を呼ぶ要因となっています。
地域性と多様性
日本の五音階は、地域によっても様々なバリエーションを見せています。沖縄の琉球音階、東北地方の民謡音階、関西の地歌音階など、それぞれに独特の特徴があります。
沖縄の琉球音階は、本土の五音階とは異なる音程関係を持ち、より南方的な明るさと開放感を特徴とします。三線の音色と相まって、独特の音世界を作り出しています。
東北地方の民謡には、厳しい自然環境を反映した重厚で内省的な五音階が使われることが多くあります。津軽民謡の哀愁に満ちた旋律は、この地域特有の五音階によって生み出されています。
関西の地歌や箏曲では、より洗練された五音階が使われ、雅楽の影響も見られます。京都や大阪という文化的中心地で発達した音楽らしい、繊細で優雅な表現が特徴的です。
楽器と五音階の関係
日本の伝統楽器の多くは、五音階に適合するように発達してきました。これらの楽器の構造や奏法を理解することで、五音階の特性がより深く理解できます。
箏(琴)は、13本の弦をそれぞれ調律することで様々な音階を作り出すことができますが、基本的な調律は五音階に基づいています。柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱を動かすことで音程を調整し、五音階の美しい響きを実現しています。
三味線は、三本の弦楽器でありながら、上手な演奏者は五音階のあらゆる音を表現することができます。特に津軽三味線では、激しい技巧的な演奏の中にも五音階の美しさが保たれています。
尺八は、竹でできた縦笛ですが、その構造は五音階の演奏に最適化されています。特に本曲と呼ばれる古典楽曲では、五音階の持つ精神性が最大限に表現されています。
ELANでの体験
名古屋のライブ喫茶ELANでは、様々なジャンルの音楽が演奏されていますが、その中でも五音階的な要素を含んだ楽曲が演奏される時の会場の雰囲気は特別です。
ジャズピアニストが日本の古い楽曲をジャズアレンジで演奏する時、その五音階の響きが会場全体を包み込み、聴衆の心に直接語りかけます。西洋のハーモニーと日本の五音階が融合した瞬間に生まれる音楽は、まさに現代日本の音楽シーンを象徴するものと言えるでしょう。
また、フォークシンガーが弾き語りで昔のわらべうたを歌う時も、会場には独特の静寂と集中が生まれます。電子音楽が氾濫する現代において、この古くからの音階が持つ力を再認識する瞬間でもあります。
私たちスタッフも、こうした演奏を聴いているとき、改めて音楽の多様性と深さを感じることができます。西洋音楽の論理とは異なる美しさを持つ五音階の世界は、聴く者の心に特別な感動をもたらしてくれます。
音階の未来
グローバル化が進む現代において、音階の多様性を保持することは重要な文化的課題です。西洋音楽の影響力は圧倒的ですが、だからこそ各民族固有の音階システムの価値を再認識する必要があります。
日本の五音階は、単なる過去の遺産ではありません。現代の音楽創作においても、新たな可能性を秘めた音楽言語として機能しています。コンピューター音楽や電子音楽の分野でも、五音階を基調とした実験的な作品が数多く生まれています。
また、音楽教育の分野においても、五音階の重要性が再認識されています。子どもたちが音楽に親しむ入り口として、自然で歌いやすい五音階の楽曲を活用する試みが増えています。
私たちライブ喫茶ELANでも、こうした伝統的な音階システムと現代音楽の融合を積極的に紹介していきたいと考えています。若い世代のミュージシャンたちが、五音階の魅力を再発見し、新しい音楽表現に取り入れていく姿を見ることは、私たちにとっても大きな喜びです。
音楽療法における五音階
近年注目されているのが、音楽療法における五音階の効果です。五音階の持つ安定感や自然性が、心身の健康に良い影響を与えることが研究によって明らかになってきています。
特に高齢者の認知症予防や、子どもの情緒安定において、五音階を使った音楽活動が効果を上げています。わらべうたを歌うことで、記憶の奥深くに眠っていた感情が呼び覚まされ、コミュニケーション能力が向上するケースも報告されています。
また、ストレス社会で疲れた現代人にとって、五音階の音楽は心の癒しとなります。瞑想やヨガなどのリラクゼーション分野でも、五音階を基調とした音楽が積極的に活用されています。
国際的な視点から見た五音階
日本の五音階は、世界の音楽研究者からも高く評価されています。その独特の美学と音響的特性は、西洋音楽とは異なる音楽の可能性を示すものとして注目されています。
近年では、海外のミュージシャンが日本の五音階を学び、自分たちの音楽に取り入れる例も増えています。ジャズ、クラシック、電子音楽など、様々なジャンルで五音階の要素が取り入れられ、新しい音楽表現が生まれています。
このような国際的な関心の高まりは、日本の音楽文化の価値を再認識させてくれます。私たちが当たり前だと思っている五音階の美しさが、世界中の人々に感動を与えているのです。
まとめ
音階は世界共通ではありません。この当たり前のようで忘れがちな事実を、日本の五音階を通じて改めて考察してきました。
五音階が生み出す「懐かしさ」は、単なるノスタルジーではなく、人間の根源的な音感覚に根ざしたものです。わらべうたや雅楽に込められた先人たちの美意識は、現代においても色あせることなく、私たちの心に響き続けています。
ライブ喫茶ELANのような空間で、多様な音楽に触れることの意味も、この文脈で理解できます。西洋音楽と日本の伝統音楽、現代のポピュラー音楽と古典音楽、これらが交差する場において、私たちは音楽の本質的な豊かさを体験することができます。
音階の多様性を理解し、それぞれの美しさを味わうことは、音楽を愛する者にとって欠かせない教養です。五音階の世界に耳を傾けることで、私たちの音楽体験はより豊かなものとなるでしょう。
これからも、この美しい音階システムが次世代に受け継がれ、新たな音楽創造の源泉となることを願っています。音楽の多様性こそが、人類の文化的財産なのです。
私たちライブ喫茶ELANでは、今後もこうした音楽の多様性を大切にし、五音階の魅力を多くの方々に伝えていきたいと考えています。音楽を通じて、日本の伝統的な美意識と現代の感性が出会う瞬間を、これからも大切にしていきます。
ライブ喫茶ELAN
音楽を愛するすべての人々とともに
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