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2025年09月14日
レコードとCDの音質の違い ― なぜレコードは”温かい音”と言われるのか?
音楽とコーヒーを楽しむ隠れ家、ライブ喫茶ELAN(名古屋)へようこそ。広く落ち着いた雰囲気の店内に、往年の名曲を収めたレコードが所狭しと並ぶ当店では、お客様から「なぜレコードの音はCDと違うのですか?」「レコードの方が温かく聞こえるのはなぜでしょうか?」といったご質問をよくいただきます。
今日は、音楽愛好家の皆様が長年議論し続けているこのテーマについて、喫茶店のマスターとして30年以上レコードと向き合ってきた経験を踏まえながら、分かりやすく解説させていただきます。音楽を楽しみながら、ゆったりとしたくつろぎの時間をお過ごしください。
レコードとCDの基本的な仕組みの違い
アナログとデジタルの根本的な差異
レコードとCDの音質の違いを理解するには、まず両者の録音・再生方式の違いを知る必要があります。
レコードは「アナログ録音」と呼ばれる方式を使用しています。これは音の波形をそのまま物理的な溝として刻み込む技術です。想像してみてください。海岸で波が砂浜に残す跡のように、音の波がレコード盤の溝に直接刻まれているのです。
一方、CDは「デジタル録音」です。音を数値化(デジタル化)して記録し、再生時にその数値を元に音を復元します。これは、絵を細かい点(ピクセル)で表現するデジタル写真と似ています。
当店でお客様にこの違いを説明する際、よく使う例があります。アナログレコードは手書きの絵画、CDはデジタルプリントと考えていただくと分かりやすいでしょう。手書きの絵画は筆跡や質感がそのまま残りますが、デジタルプリントは元の絵を細かく分析して数値化し、それを再現します。
サンプリング周波数と量子化ビット数
CDのデジタル録音では、「サンプリング周波数」と「量子化ビット数」という概念が重要です。
サンプリング周波数とは、1秒間に何回音をデジタル化するかを示す数値です。CDの場合、44.1kHz(1秒間に44,100回)でサンプリングします。これは人間の可聴域(20Hz~20kHz)をカバーするのに十分な数値とされています。
量子化ビット数は、音の大きさをどれだけ細かく記録するかを示します。CDは16ビットで、65,536段階の音量レベルを記録できます。
しかし、ここに重要な問題があります。どんなに細かく数値化しても、連続的なアナログ信号を完全に再現することは理論上不可能なのです。これがデジタル化による「情報の欠落」と呼ばれる現象です。
“温かい音”の正体とは何か
倍音成分の違いが生み出す音質
レコードが「温かい音」と表現される理由の一つは、倍音成分の違いにあります。
倍音とは、基本となる音程(基音)の整数倍の周波数を持つ音のことです。例えば、ピアノのドの音(約262Hz)を弾くと、その2倍(524Hz)、3倍(786Hz)といった倍音も同時に鳴ります。これらの倍音の組み合わせが、楽器特有の音色を作り出すのです。
アナログレコードでは、これらの倍音成分が自然に保存されます。さらに、カッティング(レコードに溝を刻む工程)やプレス(レコードを製造する工程)の過程で、微細な歪みが加わります。この歪みが偶数次倍音を生み出し、人間の耳には「心地よい響き」として感じられるのです。
当店のお客様の中に、音響エンジニアをされている方がいらっしゃいます。その方がおっしゃるには、「レコードの音は真空管アンプの音に似ている。わずかな歪みが音楽的な温かさを生む」とのことでした。
フィルタリング効果による聴きやすさ
レコードには天然の「ローパスフィルター」効果があります。ローパスフィルターとは、高い周波数の音を減衰させる効果のことです。
レコードの場合、物理的な制約により、非常に高い周波数の音は自然に減衰します。一般的に、レコードの周波数特性は15~20kHz程度までとされています。この自然なフィルタリング効果により、デジタル特有の「キンキンした高音」が抑えられ、聴き疲れしにくい音になるのです。
対照的に、CDは20kHz以上の高周波まで記録・再生できます。これは一見優れているように思えますが、実際には人間の可聴域を超えた高周波成分や、デジタル処理に由来するノイズが含まれることがあります。これが「デジタル臭い」と呼ばれる音の原因の一つです。
レコードの物理的特性が音に与える影響
RIAA イコライゼーションカーブの役割
レコード再生における重要な技術的要素の一つに、「RIAAイコライゼーションカーブ」があります。これは1954年にアメリカのレコード工業協会(RIAA)が制定した標準規格です。
レコードをカッティングする際、低音部分はそのまま刻むと溝の幅が非常に広くなってしまいます。そこで、録音時に低音を減衰させ、高音を強調して記録します。再生時には、その逆の処理(低音を強調、高音を減衰)を行い、元の音バランスに戻すのです。
この処理を行うのが「フォノイコライザー」という回路です。しかし、フォノイコライザーの特性は機器によって微妙に異なります。また、真空管を使用したフォノイコライザーでは、特有の音色付けが行われます。
当店では、1970年代のマランツの真空管プリアンプを使用していますが、同じレコードでも現代のデジタルアンプで聞いた場合とは明らかに音色が異なります。常連のお客様は「ELANの音でないと物足りない」とおっしゃいます。これがレコードシステム全体が生み出す「音作り」の魅力なのです。
カートリッジとトーンアームの影響
レコードプレーヤーのカートリッジ(針先の振動を電気信号に変換する部品)とトーンアーム(カートリッジを支える腕)も、音質に大きな影響を与えます。
カートリッジには主にMM型(ムービングマグネット)とMC型(ムービングコイル)があります。MM型は出力が大きく扱いやすい反面、やや大味な音になりがちです。MC型は出力は小さいものの、繊細で解像度の高い音を得られます。
トーンアームの材質や設計も重要です。当店では、SME社の名機「Series III」を使用していますが、このアームの持つ独特の音色は、多くのレコード愛好家に愛され続けています。
興味深いことに、針圧(カートリッジがレコードに加える圧力)をわずか0.1g変えるだけで音質が変わります。重すぎると音が濁り、軽すぎると音飛びが起こります。適正な針圧を見つけることも、レコード再生の醍醐味の一つです。
CDの技術的特徴と音質への影響
量子化ノイズとジッター
CDなどのデジタル音源特有の問題として、「量子化ノイズ」と「ジッター」があります。
量子化ノイズは、連続的なアナログ信号を離散的なデジタル値に変換する際に発生するノイズです。16ビットCDの場合、理論上のダイナミックレンジ(最大音量と最小音量の比)は96dBですが、実際には量子化ノイズにより若干劣化します。
ジッターは、デジタル信号のタイミングのずれです。CDプレーヤーの内部クロックが不安定だと、音の時間�軸に微細なゆらぎが生じ、音質の劣化につながります。高級CDプレーヤーでは、精密なクロック回路により、このジッターを最小限に抑えています。
当店では比較試聴のため、1980年代の初期CDプレーヤーと最新の高級機を両方設置しています。同じCDでも、プレーヤーによって音質の違いは歴然としています。初期のCDプレーヤーは確かに「冷たい」音でしたが、現代の技術により、CDの音質も格段に向上しています。
オーバーサンプリングとノイズシェーピング
現代のCDプレーヤーでは、「オーバーサンプリング」と「ノイズシェーピング」という技術により音質向上が図られています。
オーバーサンプリングは、CDの44.1kHzサンプリングを数倍に内挿補間する技術です。例えば8倍オーバーサンプリングでは、352.8kHzで処理を行います。これにより、デジタルフィルターの設計に余裕ができ、より自然な音質が得られます。
ノイズシェーピングは、量子化ノイズを可聴域外にシフトする技術です。人間の耳に聞こえにくい高周波域にノイズを移すことで、実質的なS/N比(信号対雑音比)を向上させます。
これらの技術により、現代のCDプレーヤーは初期の製品とは比較にならないほど高音質になっています。しかし、それでもレコードの持つ「音楽的な魅力」とは異なる特徴を持っています。
心理的・感情的な側面から見た音質の違い
聴取体験の違いが与える印象
レコードとCDの音質の違いは、純粋に技術的な面だけでなく、聴取体験全体の違いも大きく影響しています。
レコードを聴くという行為は、アルバムをジャケットから取り出し、プレーヤーにセットし、針を下ろすという一連の儀式的な動作を伴います。この物理的な行為が、音楽への集中度を高め、結果として「より良い音」として感じられることがあります。
心理学では、これを「プラシーボ効果」と呼ぶこともありますが、音楽体験においては、この心理的要素も重要な意味を持ちます。当店でも、同じお客様がCDとレコードで同じ曲を聴き比べされることがありますが、多くの方が「レコードの方が集中して聴ける」とおっしゃいます。
ノスタルジアと音楽的記憶
レコードの音に対する「温かさ」の感じ方には、個人の音楽的記憶も大きく関わっています。
1960年代から1980年代にかけて音楽を聴いて育った世代にとって、レコードの音は青春時代の記憶と強く結びついています。パチパチというサーフェスノイズ(レコード表面の細かな傷によるノイズ)さえも、音楽の一部として愛されています。
一方、CD世代以降の若い音楽愛好家の中には、「レコードの音は歪んでいる」と感じる方もいらっしゃいます。これは決して間違った感覚ではありません。客観的に測定すれば、CDの方が歪率は低く、S/N比も優秀です。
しかし、音楽は数値だけで評価できるものではありません。人間の感情に訴える力、音楽的な表現力という観点では、レコードには独特の魅力があることも事実です。
レコードとCDを楽しむための提案
それぞれの良さを理解した聴き方
当店では、お客様にレコードとCDの両方を楽しんでいただけるよう、それぞれの特徴を活かした提案をしています。
レコードは、じっくりと音楽に向き合いたいときにお勧めします。アルバム全体を通して聴く体験、大きなジャケットアートを眺めながらの音楽鑑賞は、CDでは得られない豊かな時間です。特にジャズやクラシック、ロックのアルバムは、レコードで聴くことで作品の奥深さを感じられます。
CDは、手軽さと音質の安定性が魅力です。選曲の自由度が高く、リピート再生やランダム再生も可能です。また、レコードでは入手困難な音源も多数CD化されており、音楽の世界を広げるには最適なメディアです。
デジタル時代におけるアナログの価値
現在はストリーミングサービス全盛の時代ですが、だからこそレコードの価値が再認識されています。
若い世代の音楽ファンの間でも、レコード人気が高まっています。これは単なる懐古趣味ではなく、デジタル化された現代において「物理的な音楽体験」への憧れの表れと考えられます。
当店でも、20代、30代のお客様が増えており、「初めてレコードを聴いた」という方も少なくありません。そうした方々が口を揃えておっしゃるのが、「CDとは違う豊かな音に驚いた」ということです。
まとめ
レコードとCDの音質の違いは、技術的な側面と心理的な側面の両方から理解することが大切です。
レコードの「温かい音」は、アナログ録音による自然な倍音成分、物理的制約による自然なフィルタリング効果、そしてレコード再生システム全体が生み出す音楽的な歪みによるものです。これらが組み合わさることで、人間の耳に心地よい音として感じられます。
一方、CDは技術的には優れており、ノイズが少なく、劣化しない音質を提供します。現代の技術により、初期の「冷たい」音質も大幅に改善されています。
どちらが優れているかという議論に答えはありません。大切なのは、それぞれの特徴を理解し、音楽を楽しむことです。
ライブ喫茶ELANでは、この両方の魅力を存分に味わっていただけます。往年の名曲をレコードで聴きながら、コーヒーの香りとともに、ゆったりとした時間をお過ごしください。音楽の持つ豊かな世界を、あなたなりの方法で探求していただければと思います。
音楽とコーヒーを愛する皆様のお越しを、心よりお待ちしております。
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Cafe & Music ELAN
やわらかな音と、香り高い一杯を。
名古屋市熱田区外土居町9-37
光大井ハイツ1F 高蔵西館102
052-684-1711
営業時間|10:00〜23:00
定休日|月曜・第1&第3火曜日
アクセス|金山総合駅より大津通り南へ徒歩15分
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ゆったりと流れる時間のなかで、
ハンドドリップのコーヒーとグランドピアノの音色がそっと寄り添います
あなたの今日が、少しやさしくなるように。
Live Café ELAN でお待ちしております